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エルアル ヒストリー(6) ソロモン作戦

エチオピアでおこったクーデター・反乱の火はいままさに首都アジスアベバに広がりつつあった。
わずか36時間のうちに1万4000人のユダヤ人を全員イスラエルに連れて帰れるのか?!決死の「ソロモン作戦」はついに始まった。

エチオピアからイスラエルは陸路で歩くと3000キロぐらいある。エチオピアを仮に脱出できたとしてもアラブ諸国のスーダン、エジプトを通るのは大変危険が伴うのである。それでイスラエル政府は国費の予算の限度を超えても可能な限り航空機を集め、空路で一挙に運ぼうと考えたのである。

もちろんアメリカのユダヤ人が援助したお金も相当なものだったそうだ。間もなく現政権が陥落する首都アジスアベバにはイスラエルから次々と飛行機が降りたった。

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19991年5月24日、アジスアベバの上空を鳥の大群のようにイスラエルの飛行機が入れ替わりやってくる普通では考えられない一日であった。そしてエルアルの民間機、軍用機、ヘリコプターなど全部で36機が、たった25時間のうちに1.4325人をイスラエルに運んだのである。

エルアル機はカーゴ用のボーイング747のジャンボ機を飛ばしたが、一度にひとりでも沢山乗せるために席を760に増やした。しかし、実際乗り込んだのは1086人! 機内は床が見えないぐらいびっしりと詰め込まれた。 

これは現在でも正式なギネス記録であり、これ以降も破られることはない前代見聞の飛行であった。それまでの世界最多の乗客記録はカンタス航空の674人である。 何とか滑走路を飛び立ったジャンボ機ははるか3千年前に先祖が旅立ったユダヤ人の祖国、イスラエルに無事降り立ったのである。

ゆっくり機内から降りて初めて足で踏みしめるイスラエル。しかしそのエチオピア人の数は1085人から1087人に変わっていた。飛行中に新しい2人の赤ちゃんが産声を上げたのである。その後、彼らは見知らぬ文化と言葉の中で苦労しながらもイスラエル市民として定着し暮らしている。 

現在は約6万人のエチオピア系のユダヤ人がイスラエルに暮らしているのである。 まさに生命を賭けた”民族大移動”はエルアルの貨物j飛行機によってなされたのである。


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