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エルアル・ヒストリー(3) 鷲の翼に乗せられて

イエメンのユダヤ人救出は「マジックカーペット作戦」と呼ばれましたが、別名鷲の翼作戦とも呼ばれました。それは、聖書の出エジプト記に19章には「あなたがたを鷲の翼に載せてわたしのところにこさせた」の言葉をユダヤ人が固く信じていたからです。

49年の1月、イスラエルを出発したダグラス(D-4)の航空機はユダヤ人が集まるアデンに降り立ちましたが、みな人生で初めて見る飛行機にびっくり仰天! 「あの巨大な鳥はなんだ?!」と逃げ叫ぶ人も現れて大混乱。みな訳のわからない鉄の塊が飛ぶなど説明を聞いてもわからず機内に乗り込むのを拒否する人もいました。なんとかユダヤ教のラビさんの説得で事なきをえました。

DC-4は50席しかない小さな飛行機でしたが、一度に沢山運ぶためには何とか重量オーバーでも詰め込むしかありません。前回の写真にあるように座っている座席はなんと、木の椅子だったのです。それも4人がけの長いすを持ち込んで5,6人以上も詰めて座りました。シートベルトも6人まとめて1つという感じだったようです。それでもイエメンのユダヤ人も痩せていたので120名が乗り込んだというから驚きです。



↑ 写真は、飛行機の下の影で暑さをしのぐイエメン系ユダヤ人

イエメンからはエチオピア経由でイスラエルにいくので距離は2600キロ、9時間もかかってしまいます。敵国をすり抜けてラジオの無線で進路を決める飛行は、まさに生命掛けのアドベンチャーであったとエルアルのパイロットも後述しています。多いときには一日に7から8便が飛んできました。そのようにして短期間のうちに体が動かせない老人を除く47.000人のユダヤ人が50年の5月までの間、輸送機にのってイスラエルにむかったのでした。

飛行中に驚くべきことが起こりました。のどが渇いたということで水をスタッフが配ると、その数十分後に一人の乗客が熱いお茶をもってパイロットたちをねぎらうためにコクピットに現れたのです。その飛行機にはお湯にする設備なかったので、係りが見に行ってみると、飛行機の床で移動式のコンロで火を焚いてポットでお湯を沸かしているではありませんか! うっすらと床が黒くなっているのと皆がお茶をすすっているのを見て開いた口が塞がらなかったようです。

長い空の旅を終えてイスラエルが見えてきたころ、不安でいっぱいだったイエメンからの乗客は目を輝かせて聖書に書かれている乳と蜜の流れる地を見つめました。「ああ、われわれもついに鷲の翼に乗ってイスラエルに来たんだ!」と誰かが叫ぶと大歓声が起こりました。アップロードファイル

このようにイスラエル政府とエルアル航空によるユダヤ人救出はイエメンだけでなく、その後もアラブ諸国に次々と行われていくのでした。
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