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エルアル ヒストリー(1) エルアル記念日

1948年8月18日(丁度61年前の今日ですね!)建国してから間もなく3カ月後にイスラエル政府は民営の航空会社の設立を閣議で決定しました。この年イスラエルは独立戦争に勝利しましたが、国を取り巻く治安状況は依然として厳しく、西の地中海以外はシリア、ヨルダン、エジプトと三方をアラブの敵国に囲まれていました。

すでに戦争前から海外の飛行機も輸送をとりやめており、イスラエルの市民は国外に出ることができません。加えてホロコーストで生き残ったユダヤ人がヨーロッパからイスラエルを目指しながらもたどり着くことができず各地で難民状況となっていました。

又、アラブの国々では建国と同時にそこに住むユダヤ人が迫害を受け、生活を脅かされていました。軍用飛行機では輸送に限界があり一刻も早く自由にイスラエルと世界を結ぶ市民のための航空会社が期待されましたが、問題はそのために訓練されたパイロットやクルーが殆どいなかったのです。また経済的に旅客機を買う予算もなかったため、実現は遠い先の話に思われました。

しかし、それからわずか一カ月後、ある事をきっかけにイスラエルの国営航空「エルアル」が不思議に短期間でスタートするのでした。



1948年9月29日、イスラエルの初代大統領ハイーム・ワイツマンはスイスのジュネーブを公式訪問することになりました。イスラエル政府は、独立した国家であることを世界にアピールするため、大統領の帰路をイスラエルの自国専用機で堂々と戻ってくることを熱願しました。しかし軍用機しか持っていなかったイスラエルはまずヨーロッパでの着陸許可が降りません。

しかし、ここであきらめないのが不屈のユダヤ魂。頑張るぞ。おーっ。

なんと、C-54という輸送軍用機を急きょ民間の飛行機に変えてしまったのです。外のペンキを美しく塗り直し、「国営飛行会社」と胴体にはヘブライ語と英語で書きました。尾翼にはイスラエルの国旗でもあるダビデの星も書いたのです。会社の名前は担当弁護士のスチュパック氏がユダヤの旧約聖書「ホセア書」から「上方に向かって」または詩的な表現で「大空に向かって」という言葉の「エルアル」に決め青色のペンキで書き加えました。

硬い座席が外され座りごごちのいいソファーの席が積み込まれました。徹夜作業で急いで民間機に作りなおしました。9月27日に何とか許可がおりイスラエルの民間機として初めての国際コード「4X-ACA」が登録されたのです。

パイロットとクルーは、「マハル」と呼ばれた建国以前からイスラエルを救うため世界から駆け付けてきたユダヤ人民兵組織がボランティアで引き受けてくれました。写真は南部のネゲブ地方にあるエクロン基地で整備を終え、これから飛び出そうとしているエルアル・第一号機です。大統領を乗せたC-54の専用機は、2日後に再び国民の拍手喝采の中この飛行場に降り立ったのです。国全体が盛り上り、すでにその年のうちにエルアルの航空が軌道に乗ったのは言うまでもありません。
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